蜃気楼を見ているような気がする。
いつからか、そんな感覚を覚えるようになった。
なにをやっていても、どこか現実味がない。うわの空。いや、今まで現実だと思っていたものが現実ではないと気づいただけなのかもしれない・・・
いずれにせよ、見えていないものを見る必要がある。
喧騒を極めるこの世界にも普遍の物理法則が隠されているように、目で見えているものだけが全てではない。私は毎日、多くのものを見過ごしながら生きている。ずっと変わらずそこにあるのに、決して手の届くことはないもの。それがもどかしい。
そんな思いからブログを書くことにした。
文字にすると、分からないということがわかる。アウグスティヌスの言葉を借りれば、
「誰も私に問い尋ねるのでなければ、私は知っている。しかし、誰かに説明しようとすると、私は知らないのである。」
ということになるだろうか。私は目や耳や手で毎日世界に触れている。だから全てを知っているはずなのに、それを語ることはできない。まだ見えていないもの、見えているのに気づいていないものがあるのだ。
そういうわけで、ブログの名前は霧箱日記にした。
霧箱は見えないものを見るために発明された装置だ。間接的ではあるけれども、今まで手の届かなかった小さな粒子の世界を垣間見ることができる。
このブログもそんなものにしたいと思う。
見たいものはおそらく粒子ではないが、それでも見えないものを見てみたいという欲求に変わりはない。