2023年9月30日土曜日

模型とフィギュア用のケース

 模型を飾るためのアクリルケースを買った。丁度いいサイズがなかったのでオーダーメイドすることにした。鈴木プラスチックというメーカーのオーダーメイドケースを作れるサービスを使った。

フィギュアのケースといえば箱庭技研なんかが有名だが、艦船模型を入れる大型ケースはそんなに定番品みたいなのが無い。タミヤから出てるのもあるけど結構高額なのでオーダーメイドしたほうが安い。今回のは800x20x30(横幅x奥行きx高さ)で1万円くらい。

組み立てられた状態で届く。厳重な包装。絶対に割らないという強い意志を感じる。


設置してみる。大したものは映り込んでないので安心してください。
それにしてもかなりの透明度。厚さは3mで結構しっかりとした作りになっている。角が僅かに丸く加工されてて怪我をしないようになってる。素晴らしい品質。あまり知らないメーカーだったけど大満足です。

ついでにフィギュア用のケースも注文した。本棚にピタリと収まるサイズが欲しかったのでこれもオーダーメイド。こちらは床板を白にしてみた。フィギュアは下からの照り返しがあったほうが見栄えが良いと思うので。



ゲームのフィギュアはパッケージと一緒に飾るのが趣味です。いやその手のゲームはあまりやらないからこれしか持ってないんだけど・・・

ということで今回は模型とフィギュア用のケースを買ったお話でした。
それではまた次回!







2023年9月29日金曜日

模型製作 イーサンアレン級原子力潜水艦

この前模型を作ったついでに、積んでいるプラモを消化することにした。今回はサイズ違いの2隻のイーサンアレン級原子力潜水艦を作る。海軍でいうところのブーマーだ。

核弾頭搭載の弾道ミサイルを抱えて、暗い海の中で起きてほしくない瞬間をじっと待つ。不思議なもので、世界を壊滅できる圧倒的な暴力が人知れずそこに存在しているおかげで、私達には明日がある。

大事な仕事というのは人からは見えないところにあるものなのだ。


まずはこれ。RENWALの1/200 イーサンアレン級イーサンアレン SSBN-608。

なんとほぼ半世紀前のキット。中古で購入。さすがに箱がボロい。フルインテリアだけど部品が色々消えてそうなので中身は作らないでおく。

当時は冷戦真っ只中、情報が少なかったからか船体の形状が結構違うのでパテを盛りまくって修正する。盛っては削る。これの繰り返し。


やってて気付いたことだけど、ヤスリを掛けている瞬間ほど虚無な時間はない。大切な作業というのはいつだってこう地味で大変なのだ。模型を作っているとそれが身にしみてわかる。



綺麗になったよ!

2023年9月28日木曜日

模型製作 戦艦ミズーリ

久しぶりに模型を作った。

自分で作ると高いものを買わなくても心が満たされるので浪費しがちな人におすすめだ。


今回作るのはこれ。タミヤの戦艦ミズーリ 1/350 1991年仕様

タミヤなので部品が綺麗。制作費は塗料込で1万円くらい。

戦艦ミズーリの艦上で、第二次世界大戦は正式に幕を下ろした。この艦の上で日本は降伏文書に調印したのだ。死者8500万人。黙示録の戦いの最後を飾った戦艦を再現する(ただし近代化改修版だけど)。

しかしアメリカ人はとんでもないことをやるものだ。戦艦にミサイルを積むなんて。彼らの海軍は漫画の世界から来たのだろうか。ちょっとうらやましい。


接着はタミヤセメント、塗装は缶スプレーと筆塗り。難なく完成。

 


10年ぶりくらいに手先を動かした気がするけど、意外に鈍っていなかった。子供の頃にプラモデルを沢山作っていてよかった。幼少期の経験は一生ものである。

このまま飾るとホコリが着いてしまうので、透明なアクリルケースを調達したいところ。色々探した結果、鈴木プラスチックというメーカーのオーダーケースが良さそうだったのでそれを注文することにした。これについてはまた今度。


2023年9月27日水曜日

『すずめの戸締まり』を観たよ!

 『すずめの戸締まり』を初めて観た。奇しくも物語の時間軸と同じ2023年9月25日であった。


引用:新海作品PRスタッフ


映画は落ち着いた時に見る。大変な時期に見ると、せっかく面白い映画でも見返した時に当時の思い出が蘇ってきてしまって集中できないから。すずめの戸締まりが劇場公開した時、私はちょっと忙しかった。新海誠の映画は好きだ。だから仕事や勉強といった実利的なしょうもない思い出と一緒のページには綴じたくないのだ。それで観るのが一足遅くなってしまった。

映画の感想というより、今日は新海誠のすごいところを。

新海誠は恐ろしい。彼は言いたいことを明確かつ正確に伝えてくるのに、それでいて説教臭さが全く無い。臭いセリフも初期の作品と比べると驚くほど減った気がする。

一方、私は宮崎駿がちょっと苦手だ。彼の航空機へ抱くロマンとその描き方は傑出しているけれど、ちょっと説教臭い。もちろんそれは大事なことで、聞かなくてはならないことだ。でも説教臭い。僕は校長先生が卒業式で話した内容をほとんど覚えていない。校長先生は正しく大切なことを言ったはずだ。しかし、正しいことというのは大抵の場合面白くなく、大切なものというのはその言葉だけ聞いても分からないものなのだ。

かのショーペンハウアーは、本の知識を自分のものにするためには、自分自身で原著を読むほかないと言った。要約や解説だけ聞いても仕方がないのだ。今日ファスト教養と呼ばれるものに対して行われた彼の批判は、この説教臭さの問題にも示唆を与えてくれる。

つまり、校長先生の話は要約や解説である。校長先生は50年近くの人生で数え切れないほどの苦難を乗り越えてその場にいる。だから、その話がどれだけ大切なのか知っている。しかし、聞いている生徒はそうではない。要約だけ聞いても、だからなに?という反応になってしまうのだ。生徒はまだ原著を十分に読んでいない。人生という原著を。原著を読まずして解説や要約書だけを読んでも何も染み込まないのだ。

新海誠はこのことをよく理解している。彼は10秒の説教臭いセリフ(=要約)を聞かせる代わりに、2時間の映画を通して原著を読んでもらうことにした。

それが彼の考えだした答えだ。だから説教臭さが無いのだ。

しかし、彼はそのような優れた脚本センスがありながら、映像化に関しても妥協を許さない。というかむしろこっちが本業でもある。既存のどのアニメ作品をも凌駕する洗練されたものを出してくる。脚本と映像の両方が天才的である。そんな離れ業ができるのは彼を置いてはクリストファー・ノーランくらいしか思いつかない(もっぱらノーランは実写映画だが)。

ちょうど今、絵コンテ集を購入して読んでいるところだ。これが991ページと空前の分厚さになっている。まさに鈍器。読み終わったら玄関に置いて不審者対策に活用しようと思う。あとブルーレイ初回生産限定版も購入したのでそろそろ届くだろう。これに付属するビデオコンテが特に気になる。いかにして頭の中のイメージを実際の世界へ召喚するのか。そのヒントがこれら制作プロセスに詰まっている。

ということで、今回は観たよ!という話だった。
映画の感想や考察はまたの機会に。絵、ビデオコンテを観たあとの話もまた今度やろうと思う。

それではまた次回!

2023年9月26日火曜日

霧箱日記

蜃気楼を見ているような気がする。

いつからか、そんな感覚を覚えるようになった。


なにをやっていても、どこか現実味がない。うわの空。いや、今まで現実だと思っていたものが現実ではないと気づいただけなのかもしれない・・・


いずれにせよ、見えていないものを見る必要がある。

喧騒を極めるこの世界にも普遍の物理法則が隠されているように、目で見えているものだけが全てではない。私は毎日、多くのものを見過ごしながら生きている。ずっと変わらずそこにあるのに、決して手の届くことはないもの。それがもどかしい。

そんな思いからブログを書くことにした。

文字にすると、分からないということがわかる。アウグスティヌスの言葉を借りれば、

「誰も私に問い尋ねるのでなければ、私は知っている。しかし、誰かに説明しようとすると、私は知らないのである。」

ということになるだろうか。私は目や耳や手で毎日世界に触れている。だから全てを知っているはずなのに、それを語ることはできない。まだ見えていないもの、見えているのに気づいていないものがあるのだ。


そういうわけで、ブログの名前は霧箱日記にした。

霧箱は見えないものを見るために発明された装置だ。間接的ではあるけれども、今まで手の届かなかった小さな粒子の世界を垣間見ることができる。


このブログもそんなものにしたいと思う。

見たいものはおそらく粒子ではないが、それでも見えないものを見てみたいという欲求に変わりはない。